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東西南北舎

東西南北舎は東西南北人の活動に伴い生成したテクスト群の集積地である。「東西南北人」は福岡の儒者亀井南溟が秘蔵した細川林谷篆刻の銅印。南溟の死後、息子の亀井昭陽から、原古処、原釆蘋、土屋蕭海、長三洲へと伝わり、三洲の長男、長壽吉の手を経て現在は福岡県朝倉市の秋月郷土館に伝承されたもの。私の東西南北人は勝手な僭称であるが、願わくば、東西南北に憚ることのない庵舎とならんことを祈念してその名を流用させて頂いた。

   
カテゴリー「小説-フィクション」の記事一覧

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シンセミア 阿部和重著(朝日新聞社2003年10月17日)

 本作、伊藤整文学賞を受賞したとのことであるが、確かに、我執の妄者共が、これでもかという位に下劣な行為を繰り広げ、活躍する様を延々と描き続けたところは、晩年の伊藤整の「氾濫」等の諸作を思わせるところがなきにしもあらずで、小説としてはそれなりに面白く、強引に読ませる力量は並大抵のものではないのだが、結果として、そこに描き出されたものが何だったのかといわれると心もとない印象しか浮かばない。
 舞台は、著者の出身地である実在の山県県東根市神町で、かつて米軍が駐留しパンパンの町と呼ばれたことがあるくらい風紀が紊乱したこともあり、現在も自衛隊の駐屯地がある、田舎町としては特異なバックグラウンドを持った小さな街である。
 そこに、エロとグロが大好きで、さくらんぼや桃の名産地としてののどかな町の在りように我慢がならず、覗き趣味の変態サークルを構成する小悪党の青年たち、そして、その青年の一人の父親であり、町の実力者である産業廃棄物の処分場建設を推進する悪徳市議会議員とその家族、長年その懐刀として、悪事に手を染めてきた町の顔役であるパン屋の主人とその家族、パン屋の主人の元愛人で地元のスナックや博打場を運営する女ヤクザとその家族、これら三家族と、スナックの従業員に入れあげ借金苦にあえぐ巡査部長や幼女愛玩趣味を有する新米巡査等を構成員とする神町交番の面々が配されている。
 その、本来はのどかであるはずの田舎町に、立て続けに謎の怪死事件や行方不明事件が起こり、台風が襲来し、洪水に見舞われ、不発弾が爆発し、UFOが出現する。
 本作は、いわば群像劇であり、神町という閉域を舞台とした、一種の幻想的な叙事詩となるべき構成となっているのだが、登場人物たちの造型は、ある種その構成を裏切って喜劇的なのである。結果として、何かチグハグな読後感の残る中途半端な作品となっている。
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吸血鬼と精神分析 笠井潔著(光文社 2011年10月18日)

 「バイ・バイ・エンジェル」「サマー・アポカリプス」「薔薇の女」「哲学者の密室」「オィディプス症候群」に続く矢吹駆シリーズ第6作目。つまり「青銅の悲劇」はその帯に銘打たれていたように、「日本篇」ということで別枠扱いということになる。
 全編合わせて八百頁の大冊。本作のストーリーは「オイディプス症候群」の直後から始まる。語り手は、ミノタウロス島の窮地を脱して帰国したものの、その事件のPTSDに苦しむナディア・モガール。そこに、脱血屍体を生成する連続殺人事件が生起する。事象の混濁(混線)により、苦戦する現象学探偵、矢吹駆。
 そして、このシリーズでお馴染みの探偵と現代思想家との思弁的対決。今回は「フロイト回帰派」の総帥と位置づけられる精神分析家ジャック・シャブロルと、そこからアブジェクション論をもって離反しようとしている弟子のジュリア・ヴェルヌイユが展開する精神分析理論がその対象となっている。この2人が実在の誰をモデルにしているかは一目瞭然であろう。
 つまり、本作の方法とコンセプトは、サマー・アポカリプスで確立されたスタイルをそのまま踏襲したものである。
 さて、その評価であるが、もちろん本作も力作には違いないのだが、私は「哲学者の密室」を最後に、本シリーズは現実との緊張関係を失い、哲学的会話を過剰に散りばめただけの本格ミステリーに成り下がってしまっている、ととっている。
 この、現実との緊張関係の喪失という点については、時代状況の変化によるところが大きく、そのことは著者も重々承知の上なのだと思うが、そうなってしまうと、やはり本作の劇中における探偵とジャックやジュリアとの思弁的対決は、行き場を失った剰余に成りさがらざるを得ない。その点では、まだしも日本篇の「青銅の悲劇」の方が可能性を感じさせる部分があったように思われる。
 そして、ラカンやクリステヴァの思想的意義を問うのであれば、このようなやり方は決して効率のいいやり方ではないし、誤解も招きやすい。まあ、評論として出版するよりは読者数は確実に多くなるであろうから、その点が唯一の利点とはいえるだろうが。
 しかし、笠井潔は、本シリーズを完結させるつもりなら、次作にはもう少し方法的な工夫が必要ではないかと思うが、いかがであろうか。

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R.I.P. レスト・イン・ピース 杉山幌著(講談社 2009年10月2日)

 一人称小説である。
 おそらくは今から数年後から十数年後、そうなっているかもしれない日本。

++ここはどこにでもある一つの街だ。先住民系と移民系の二つのサッカークラブがある。一見対立しあっているが、実はそんな簡単じゃない。グループは先住民系、中華系、ラテンアメリカ系の三つに分かれる。言語的には日本語、中国語、ポルトガル語、スペイン語の4つになる。(改行)4つの言葉を話し、3つに分かれた体を持ち、2つの心が溶け合う、1人の人間。(改行)それがこの街だ。ここで生まれ育った誰もが、この街を自分の内に持っている。(p.255)

 この小説は、そんなふうにグローバル/グローカル化してしまった日本の地方都市を舞台として設えた冒険小説であり、主人公は、先住民系高校生の「おれ」である。

 おれには、ブラジル系移民のフットボールフリークスでダービーマッチに熱狂するジオと、ドグラマグラを愛読するミステリマニアで、この街に広く移民を受け入れる決断をした市長の孫であり、それを誇りに思うと共に、そのことを誇りとすることができず、純潔主義者と結託しようとしている父親に抗うサチコという、同級生の二人の友がいる。

 よくある青春のトリアーデだが、ある日ジオが不慮の死を遂げてしまうところから物語は動き出す...とまあこのような展開なのだが、その文体に漂う本格感とドライな世界構築にはどことなく伊藤計劃を彷彿とさせるものがある。

 今後に期待したい。

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spica 泉和良著(講談社 2008年11月5日)

SPICA:おとめ座α星で学名はα Virginis(略称はα Vir)。春の夜に青白く輝く1等星である。連星(二重星を伴う四重分光連星の主星と伴星からなる五重連星)で、変光星(ケフェウス座β型変光星)でもある。-by Wikipedia

 スピカは、乙女座の主星でなおかつ連星(肉眼ではひとつの星にしか見えない)であるという特徴から、昨今のライトノベルやコミック等で、しばしば恋愛のメタファーとして採り上げられているが、それらのスピカをライトモチーフとした作品群の中でも、本作は恋愛小説として白眉のものといっても良い。

 作者に関する予備知識は全くなく、台風で電車が止まってしまった日に、足止めをくった北千住のブックオフで、「エレGY」「ヘドロ宇宙モデル」(いずれもKODANSHA BOX)とともに入手した。3作の中では本作が最も純度の高い結晶のような恋愛小説になりおおせていると思う。

 ストーリーを言ってしまえば、一度失恋した同じ相手と再度の失恋に陥るというものだが、主人公(水井)はその二度目の絶望の中で、恋愛のどうしようもなさ(不可避であること、交換不能であること)と、恋愛において愛するということがいかに困難であるか(愛の不可能性)という背理による背骨を折られるような痛苦を通して、初めて恋人(遥香)の心の痛みに思い至る。

 ベタな展開ではあるのだが、それを一気呵成に読ませる作者の筆力はなかなかのものであるとともに、本質的なものに届いているということができる。

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プロフィール

HN:
東西南北人(中島久夫)
性別:
男性
自己紹介:
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