トゥールーズ→パルミラ→コンスタンティノポリス→ログレス(イングランド)→ローマ→中央アジアの草原地帯→アヴィニヨン。
時は13世紀前半、南仏のトゥールズの若き医師ファビアンが放浪の科学者アルフォンスとの出会いから、自らの信仰に疑問が生じ、この世の理を探る長い旅路へと踏み出す。だが、上に列挙したのは、ファビアンの旅路の経路ではない。本作が舞台とした地名を順繰りに挙げていったものである。
そこには、歴史上の教皇やマルコ・ポーロ、あるいは伝説のアーサー王や徐福といった名前まで飛び出してくる。仕掛けはそれだけではない。この世界の西ローマ帝国は、電子工学や核物理学、果ては遺伝子工学の粋を極めた科学文明を享受していたが、ゲンマン民族との核戦争によって滅んでしまったという設定である。だから13世紀においても宙には大天使たる人工衛星が飛び交っている。
つまり、実際の歴史からしてみれば大嘘以外の何ものでもない世界設定であり、登場人物や地名等も、多くを歴史上のものや伝説上のものを素材としつつ、非常に危ういバランスで継接ぎされたコラージュの如き趣なのであるが、それらを巧みに混淆し、流麗かつ審美的な文章で繋ぎ合わせて本作は成立している。
そして、著者のあとがきによると、本作の最初の構想は「もしカタリ派が正統信仰だったら」という思いつきにあったという。どういうことか?実のところ、カタリ派の教義は不明な点が多いのだが、本作の世界ではこの世の成り立ちとして、以下に示すような教義がローマ教会において正統と認識されているのである。
++唯一にして至善なる神は世界を創られた。それは肉に依らず、物質に依らない、形而上の世界、天界である。が、ある時、神の腹心たるルキフェルの反乱があった。ルキフェルは天界から失墜する時、天使の三分の一を誘惑し道連れにした。ルキフェルすなわち悪魔は、その住み処たる穢れた悪の世界、物質に依る世界を創造した。それがこの、我々が住むところの現世である。悪魔は天上から惑わし奪い去った天使たちの魂(アニマ)を、アダムとエヴァによって増殖する、物質で出来た肉体(コルプス)に封じたのである。それがこの我々なのである。(16頁)
つまり、ファビアンが疑うのはこのようなカタリ派の教義と信仰であり、そこにはわれわれが創世記として認識しているバイブルは伝承していないのである。そして、本作の物語-ファビアンの遍歴はここから始まる。
結論をいうと、いろいろ突っ込みどころはあるが、全編通した世界構築は巧みであり、卓越した文章の力と相まって、一個の作品として類い稀な感興を生み出すことに成功していると思う。
トゥールーズ、サン・セルナン寺院 1997年10月25日 東西南北人撮影
シリア、パルミラ 1997年12月2日 東西南北人撮影
イスタンブール、アヤソフィア大聖堂 1997年12月23日 東西南北人撮影
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