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東西南北舎

東西南北舎は東西南北人の活動に伴い生成したテクスト群の集積地である。「東西南北人」は福岡の儒者亀井南溟が秘蔵した細川林谷篆刻の銅印。南溟の死後、息子の亀井昭陽から、原古処、原釆蘋、土屋蕭海、長三洲へと伝わり、三洲の長男、長壽吉の手を経て現在は福岡県朝倉市の秋月郷土館に伝承されたもの。私の東西南北人は勝手な僭称であるが、願わくば、東西南北に憚ることのない庵舎とならんことを祈念してその名を流用させて頂いた。

   

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海老沢泰久「青い空」 文藝春秋 2004年6月

 キリスト教が禁教とされていた江戸期、ヨーロッパ人神父による最後の日本密入国が企てられたのは1708年(宝永五年)のことである。その人物はローマ教皇庁が直接派遣したシチリア人、ジョバンニ・シドッチだった。彼は屋久島に上陸したが、すぐに捕らえられて江戸に護送され、小日向の切支丹屋敷に幽閉されることになる。
 これに先立つ1687年(貞享四年)、幕府は、一度でもキリシタンになった者は、たとえ改心したものであっても監視する方針に転換し、キリシタン及びその係累を「キリシタン類族」として一般の宗門人別帳から除き、キリシタン類族帳に記載することを命ずるキリシタン類族令を布告する。
 本書の主人公、宇源太こと藤右衛門は、そのようなキリシタン類族の家系に生まれた幕末の出羽の農民の若者である。籐右衛門には、同じ類族におみよという想い人がいたが、ある日、近在の庄屋の息子におみよが手籠にされ、その復讐を果たそうとしたおみよの兄、甚三郎が返り討ちにあったことから、籐右衛門はその庄屋の息子を殺害し、江戸へと出奔する。
 江戸への道中、運良く同郷の無宿人喜兵衛と知り合った籐右衛門は、関所を抜け、道すがら助けた出羽本庄の油屋の内儀おしずから、その同行中に病死してしまった使用人宇源太の名をもらいうけ、江戸にたどり着く。
 宇源太が江戸にたどり着いたのは、政局の中心が京都へと移って久しい1863年(文久三年)5月、明治維新の5年前である。この頃、長州藩は下関で攘夷を断行するが、8月18日、長州藩の暴走を恐れた薩摩藩は会津藩と結んで京都で政変を起こし、長州藩は、三条実美以下七人の公卿とともに京都から追われることになる。
 おしずの言伝により、江戸で口入屋をしていたおしずの甥、竜造の口利きで、宇源太としての寺請証文を手に入れた籐右衛門は、剣術道場を営む吉野信三郎の下男として生きることになる。
 この時代、民衆の戸籍は寺請の人別帳に依拠する体制であり、人々は、必ずいずれかの寺を檀那とする檀家制度の軛の中に在る。類族出身の藤右衛門はこの檀那寺の坊主の横暴に散々苦しめられてきたが、既成仏教の諸派はいずれの宗派もこの体制に取り込まれ、坊主はその権力を謳歌し、宇源太のみならず、民心はこれら仏門の横暴を憎んでいた。
 そんな中、宇源太は吉野道場の門人で神主の塚本彦也と知り合う。吉野信三郎によって剣術の天分を見出された宇源太は百姓の身分ながら道場で頭角を現し、その腕前を見込んだ塚本が剣の稽古を依頼するようになる。
 この時代の神社は全て仏門-寺の傘下にあり、本地垂迹説の理路によって抑えこまれていた。塚本はそのような中で自らが神主を務める神社のご神体に梵字が記され、社殿に仏舎利が置かれていることに我慢がならず、いずれその弊を取り除くことを期している。
 塚本が自らの神道信仰の核としたのは平田篤胤の思想である。本居宣長は「顕露事(あらはごと)」と「幽事(かみごと)」という『日本書紀』の異伝に記されている言葉を、顕露事は天皇の行う政治であり、幽事は大国主命が黄泉の国から行う天皇政治の補助と解釈していたが、篤胤はそこにマテオ・リッチの『天主実義』に記されていたキリスト教の基本教義といえる「人身は死すといへども、魂は死するにあらず。けだし永存不滅のものなり。」「吾れ天主を観るに、また人を本世に置くは、以てその心を試みて、徳行の等を定むるなり。故に現世なるものは吾の僑寓するところにして、長久の居にあらざるなり。吾の本家室は、今の世にあらずして後世に在り、人に在らずして天に在り」(197頁)という考え方を重ねあわせ、幽事を「冥府」として位置づけ、死後の魂の安寧を確保する神学を打ち立てることになる。
 死後の魂の不滅性は、キリスト教に関係なく、日本の信仰の中にも息づいていた。しかし、それを救済する神は存在せず、特に非業の死を遂げた魂は、行き場を失ってこの国の野辺に浮遊し、祟神として人に災いをなすものと畏れられていた。天神や祇園等の御霊信仰がこれにあたるものである。平田篤胤は、そこに天皇すら見ることのできない人の心を射通す神として、冥界の主、大国主命を据えたのである。塚本や吉野新三郎から、この平田神学に基づく大国主命の話を聞かされた宇源太は、自らの心も大国主命に見られていると感じ、塚本に親近感と尊敬の念を抱くようになる。
 やがて塚本は、宇源太の助けを借り、自らの志を遂げる行為に及ぶ。それは見事に達成され、寺社奉行の裁定も三ヶ月の蟄居閉門で済んだと思われた時、塚本は何者かによって殺害される。
 宇源太はその下手人を探るが、その正体は杳として知れない。その後、宇源太は勝海舟と知り合い、海舟の命により長崎に赴き、浦上のキリシタンを助け、長崎から戻ってくると、今度は、塚本殺害の事情を知っていると思われる津和野藩の間山了介の行方を求めて江戸薩摩藩邸に出入りするようになり、そこから相良総三の赤報隊に参加することになる。
 このように、本書は幕末史の一端に触れながら、維新の局面で仏教、神道、キリスト教といった宗教諸派がどのような憂き目に合ったかの転変を浮き彫りにしていく。そこには著者の視点-本来、小説の結構には相応しからざる-が介入し、当時の様々なテクスト群が引用(現代文に近い形に読み下されてはいる)され、歴史の言葉に語らせる手法がとられている。その意味で、本書は歴史小説と史伝の中間的形式をとっているということができるだろう。そして、著者の視点が描き出していくのは、儒教的思考が、日本から、本来の宗教的心性を拭い取ってしまったのではないか、という問題である。
 本書の終局において、著者は勝海舟と吉野新三郎の会話として以下のくだりを提示してみせる。

++(吉野)「しかし、勝さん。このままではホラがホラでなくなって、天子は本当に神ということになってしまうよ」
(勝)「御意志でもないのに、そんなことになったら天子が一番お困りになるだろうよ」
(吉野)「わしもそう思う。しかし、わしはこの国の人間の心の問題を案じているんだ。仏教を、宗教ではなく、葬式をするだけのものにしてしまったのは徳川の幕府だが、ここで天子のご迷惑も考えずに、神道まで政治に利用したら、日本はいよいよ神を信じない人間ばかりの国になってしまうよ」
(勝)「そういわれるとおれも耳が痛いが、そうなるだろうね。懲罰をもって押し付ければ、表面上はしたがうだろうが、心は離れていくものだ」
(吉野)「宗教というのは最高の道徳だ。それがない国になってしまう」
(勝)「政治のほうでも問題が出てくる。徳川の政権はそりゃいろいろひどいこともおこなってきたが、すくなくとも、天子の思し召しの、天子の仰せだのといって政治をおこなったことは一度もなかった。(中略)問題は政治が誤りだったときだ。天子は、そうでなくとも、この国で唯一無二のお方なのに、神などということになったら、天子の名でおこなった政治を、誤りだったと取り消すわけにはいくまい。誤った政治をどこまでもつづけていくほかなくなる。しかし、その政治は誤りだから、いつかは破綻する。そのときどうするかということだ。徳川の政権は上様に責任がある体制になっていたから、最後は慶喜公が政権を朝廷に返上して政治的責任をとったが、天子は返上するところがない。結局、天子が責任をかぶって、天子の名を借りてやりたい放題のことをやった連中は、誰も責任をとらないということになる。こんな不道徳なことがあるもんかね。しかし、いまのやり方でいったら、必ずそうなるよ」(667~668頁)

 この会話は明らかにフィクションだが、著者の宗教観はここに滲み出ているということができるだろう。ただし、歴史的な文脈において、勝海舟がこう考えていたかどうかはまた別の問題である。
 著者の海老沢泰久については、平成6年に『帰郷』で直木賞を受賞している著名な作家なので、これ以上ここに贅言を要する必要はなかろう。私はそんなに多く彼の作品を読んではいないが、辻静雄の生涯を描いた『美味礼賛』はおすすめである。
 本書は著者初の長編歴史小説であり、帯に「構想三十年!」の惹句が踊った力作であるが、歴史小説としてどうかといわれると、視点をキリシタン類族の下層民において維新史、そして日本の宗教史を捉え直した点は秀逸だが、個々の歴史事象の掘り下げの点では、今少し物足りなさも感じた。
 その意味では、歴史を小説として描くことの難しさを改めて思い知らせてくれた作品ということができるだろう。
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