今のところ佐藤大輔が完成させた最後の長編小説だが、既に10年前の作品、離島における異常事態を描いた、SF&ホラー小説である。
財団法人日本社会学研究所の研究員である主人公の伊倉浩一が、休暇のため訪れた鼎島は、人口500名程度の太平洋上の離島である。
島には国民宿舎以外にめぼしい観光施設はないが、そこには超高齢化社会への対応のため、日本政府が実施するL2(ロング・ライフ)計画遂行のための実験施設である先端保険科学研究センターが設置されており、島民の大半はそのL2計画によって開発された腕時計型のバイオチップ統合分析システム(マイクロTAS)の運用試験に協力していた。
マイクロTASは「内部に各種病原体蛋白質についての抗体を並べたコンビニのようなもの」で、それを身につけた人間は完璧な予防医療システムの庇護下に置かれている。また、マイクロTASにはDDSと呼ばれる「直径100ナノメートルのほどのミセル化ナノ粒子カプセルを用いたドラッグ・デリバリー・システム」が付随しており、マイクロTASによって読み取られた体調情報を基に、テーラーメイド化された薬品が備給される仕組みになっている。
伊倉が島を訪れてまず目にするのは、異様な活力に満ち溢れた島民の姿である。離島の人口構成の特徴は、青年層の薄さにあるが、この島では高齢者と子供がとても元気がよく、生き生きしているように見えるのだ。そして、伊倉は上陸直後に、この島唯一の診療所の女医、マイクロTAS配布後は診療所を訪れる患者が激減し暇を持て余している能瀬睦美と知り合う。さほど風采が良くもない伊倉(佐藤大輔の主人公は大概そう描かれている)だが、出会ってすぐに睦美の好意を勝ち得るとともに、自らも思いのほか大胆に振る舞っていることに気づく。上陸翌日には既に二人は懇ろな関係となっている。
しかし、二人が自らの欲望の噴出に驚きつつもその追求に余念がない中で、島では急速に異常な事態が進行していく。
事件は駐在所の巡査の頓死から始まるのだが、その死体は無数の船虫に食い荒らされた無残なものとして発見される。その死体発見の直後から、島民たちの欲求と暴力の亢進に歯止めがかからなくなっていく。人々は次第に、誘い、犯し、争い、殺し合うようになり、島は地獄のような阿鼻叫喚と狂乱の巷と化す。
一体、なぜ島はこのような状態になってしまったのか。
島の変貌に気づいた二人は、その中で数少ない正常な意識状態を保持していた、高校生(いじめへの反撃による暴力事件で島の祖父の元に避難している軍事オタク)財津忠之と、剣道に生活の全てを賭けている美少女中学生真波由梨、そして忠之の祖父である財津君三郎と合流し、襲い来る島民を殺害し、生き残りをかけて事件の原因と推測される先端保険科学研究センターへと侵攻する。
そこで五人を待ち受けていたのは...
物語は、ざっと上記のような筋立てであり、バイオハザードものの典型のような構成は一見陳腐なものだが、佐藤大輔末期の文章の魅力は健在であり、ぐいぐいと読者を引っ張っていく力は相当なものである。
ただ設定自体はそれなりに緻密なのだが、小説の結構の構想については、もう少し練りようがあったように思えるし、例えば小松左京あたりなら、本作の先をこそ描くようにも思えるが、それはないものネダリかもしれない。
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