足かけ4年、原作の連載開始からだと7年以上の歳月を費やしてアニメーション「機動戦士ガンダムUC」が完結した。今日から上映&配信&Blu-ray劇場先行発売が開始されたepisode 7「虹の彼方に」によって、長きに及んだ物語に終止符が打たれた。まずは、ここまでの労をとられたすべてのスタッフに感謝の念を捧げたい。
周知のように、小説「機動戦士ガンダムUC」は福井晴敏の作品だが、その舞台設定は富野由悠季が総監督及び原作者として手掛けてきた宇宙世紀シリーズを背景とするものであり、直接的には「逆襲のシャア」に続く物語となっている。
もちろん、今回完結したアニメーションも、基本的にはその枠組みを離れるものではないが、小説版のストーリーとは随所に異なる部分をみせながら、根幹では富野から福井に受け継がれた「根っこ(マリーダがバナージとの戦闘時における全的交感を経てバナージに告げた言葉)」を貫きとおした作品となっている。それを象徴するのが過酷な現実に抗うバナージやミネバ等の若き登場人物たちが口にする、「それでも」という言葉だ。UCという作品はそこに製作者たちの巨大な感情の熱量を押し込んで成り立っている。「人間だけが神を持つ、その内なる可能性の獣。」それがユニコーン・ガンダムという人型に擬せられている。
人が善意により、良かれと思って始めた行為が、人々の関係のなかで巨大な悪に変換されてしまう現実。人の当為が呼び寄せてしまう、理屈では越えられない何かがどうしようもなく現前してしまう逆説。祈りが呪いへと変質してしまう存在の不条理。「それでも」という言葉は、そこに差し向けられた祈りとして描かれているのだ。
しかし、祈りでは変わらないのがこの世の現実であり、UCが描き出す宇宙世紀の歴史は、まさにそのような歴史の重みを引き受けざるを得ないものとして描かれている。それは私たちの現実の歴史を寓意したものだが、その結節点となっているのがフル・フロンタル大佐-赤い彗星の再来と目されているネオ・ジオン総帥として描かれている男だ。
今日公開された「虹の彼方に」ではこのフル・フロンタルの描かれ方が小説版とは決定的に異なっている。小説の著者でアニメーションでもストーリー担当(脚本は、むとうやすゆき)となっている福井晴敏は、この結末で良かったのかと相当悩んだそうだが、幾度か見返してこれで良し、と得心するに至ったと述懐していた(バンダイチャンネルのメッセージ配信)。小説ではその呪いは終局に至るまで否定されるべき虚無として描かれていたが、アニメーションではそれは救済されるべきシャア・アズナブルの意志として描かれている。
ついにシャアは昇天したのだ。
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